メイドに捧げるお話

豊かなこの地方は、昔から様々な人が集まってきていた。 リーシアという街ができたのも、その温床に他ならなかった。 不幸なのか、幸福なのか。 人々は、街が一度滅びても、 水のようにどこからか、また新たに来る。 そして、安住。 幸せな生活を送る人々。 それらが2人にとって、 辛い思い出を回忌させてしまうというのを知る由もなく・・・ 第5章「哀」 あれから何年経っただろう。 どこからか人が集まり、廃れていた土地は再び拓かれ、町となった。 段々と店が立つようになり、人の数も増えて・・・ 私は、主人の寝室の窓からそれを眺めていた。 「おはよう。」 そうしている内に、主人は目を覚ましたらしかった。 「おはようございます。」 そう言って会釈する。 こんな会話が、もうどれ位続いただろう。 「・・・食事の用意はできているか?」 少し眠そうに、それでもいつも私の前に立つのと変わりないように、毅然と問うてくる。 今日はちょっと機嫌が良い・・ なんとなくそう感じた。 何年来か、流石に容量の悪い私にも大体の事は感じで解る様になった。 主人がどういう時にどうしたいか、 とか、 どういうタイミングで話せば怒る事無く聞いてくれるか・・とか。 親よりも長く付き合っている主人と、解り合えている、というのが嬉しかった。 日が落ちかかり、今日も終わりだという事が実感できる時間・・ 私は、町の到る所を掃いていた。 町の人々を見て・・あの、廃墟と化す前の街を思い出してしまったのかもしれない。 もう、血も骨も、何もあの時の名残は残っていない。 集まってきた人達のおかげで、町全体が綺麗に整っている。 なのに、私の体は・・いや、心なのだろうか、 どうしても、忘れる事ができなかった。 「相変わらず、ご苦労だな。」 ふと見ると、主人が立っていた。 苦笑しながら、私の方を見ていた。 「忘れろ・・というのは酷だが、それに縛られていたのでは生きてはいけないぞ・・・」 そう言って、空を眺める。 「私は・・・」 反論など、許されないかもしれない。 どんなに解り合ってはいても、所詮、私と主人は対等の立場ではなかった。 でも、どうしても言いたかった。 「私は、旦那様の様に過去を忘れることなど・・できません。」 主人には忘れたい、辛い事だったかもしれない。 私にも、当然辛い事だった。 でも・・・ 私は、その代わりに主人との「楽しい」日々を送れた。 それは、私にとって、かけがえの無い幸せだった。 その幸せを、辛さの為に忘れ去るなんて・・・・できる訳が無かった。 「リーシア。」 ふと、そう呼ばれた。 他の誰でもなく、主人の声だった。 与えられたのに、一度もまともに呼ばれた事の無かった名前。 街の名前にはなっていたが、誰も私の事を名前では呼んでくれなかった。 私が主人の元へ行くと、主人が抱きしめてきた。 嫌ではない。 むしろ嬉しかった。 まるで、父親の様で。 暖かくて、優しくて・・・ 「お前は、私に何年間も尽くしてくれた。 もう、無理をしてここに居る必要は無いんだよ?」 御自分が辛いのに、私の事を優先して考えて下さって・・ 「私は、十分生きた。お前まで、この寂しい土地に縛られることは無い。」 哀しい言葉だった。 優しいけれど、でも、あの時の哀しそうな笑顔があった。 街が廃墟と化した時の、何とも言いようのない寂しそうな表情・・ 「私は・・・旦那様と共に居ります。」 そう言って、主人の胸に蹲る。 私の顔は、どうなっていただろうか。 いつものように無表情なのか・・・ それとも、泣いていたか・・・ それが解る主人は、ただひたすらに抱きしめていてくれた。 (続く

戻る [PR]動画