メイドに捧げるお話

・・・・ 何時振りだろうか。 こんなに悲しく感じたのは。 辛いと思ったのは。 誰の所為なのだろう。 街の人々の所為? 主人の所為? それとも・・・・ 第6章「哀しいお話」 こんこん・・ 「失礼します。」 そう言って主人の部屋に入る。 ベッドに横たわる主人の表情は、さも苦しそうだった。 青ざめ、何かに魘され、体中を寒さで震わせていた。 だが、私の顔を見ると僅かに顔を緩め、笑った。 気を使ってくださっているのか、嬉しく思ってくださるのか。 私には解らなかった。 解りあえていると思っていたのに。 「今日は・・・良い天気だな。」 ベッドから起き上がり、窓の外を見る。 無理をなさっては・・・と言おうとしたが、主人はいいんだとばかりに笑った。 「たまには・・・散歩に出てみるか・・・」 そう言い、外出の用意を始めた。 「お体の加減はよろしいのですか?」 良い訳が無い。 だが、聞かないと気が済まなかった。 嘘でも、元気と、大丈夫だと聞きたかったから・・・ 「問題ない。さて・・・着替えるので外に出てくれ。」 そう言って、私を部屋から出した。 こほっ・・ 咳が聞こえていた。 朝も、昼も。 夜中などは、その音で私が眠れない位に。 心配で部屋に行っても、主人は「大丈夫だ」と言ってすぐに私は追い出されてしまっていた。 「無理をなさらないで下さい」と強く言えない自分が、堪らなく悔しかった。 「待たせたな。では行くとしよう。」 少しして、用意を済ませた主人が部屋から出てきた。 私は、主人の後ろについて歩いた。 街を回り、森に入り、時折見かける果物などを口にして歩いた。 無理をなさっていると解っていても、主人は辛さなど微塵も見せないように笑っていた。 数年前までは、考えもつかない事ばかりだった。 「旦那様・・・」 こほっ・・こほっ・・・ 定期的に聞こえる咳。 主人は、とうとう立つ事もかなわなくなった。 話そうとしただけで咳が混じり、時折血も吐いた。 ―――もう限界なのだ。 それを私が悟るまで、主人はどれだけの苦しみを味わったのだろう。 結局、解り得ていなかったのだ。 何も・・・ 「私が居なくなったら、お前はここを出て行くんだ。幸いお前はまだ若い。 私の事も、街の事も、全て忘れて・・・・幸せになれ・・・」 主人は、そう言いながら目を瞑った。 徐々に、静かな寝息が聞こえてきた。 今まで、息をするのも辛そうな、眠ることすら困難な位に咳き込んでいたのに・・ 安らかな眠りにつき、そのまま・・・ 冷たくなっていった・・・・ 次の日主人を、私の愛用していたクロスと共に、別荘の脇の木の元に葬った。 主人の大切にしていた物は私が持っている。 私の大切な物は、主人に捧げた。 私は、常に主人と共にある。 今も、未来永劫ずっと、離れる事無く・・・ 私はやっと、解った。 主人は、私の為にここに居たのだ。 辛い記憶や過去ばかりが残るここを離れず、 ずっとここに居たのは、私がまだ幼かったから。 そして、成長しても、街から出て行きたがらなかったから。 結局、主人は私に呪縛されていたような物なのだ。 それが解っていれば・・・ ・・・・・・・・ 解っていればどうしただろうか。 私は、出て行った・・・・? いや、それでも出て行かなかったはずだ。 現に、それが解った今も、私は街から・・・ 屋敷から離れない。 秋・・・ 冬・・・ 春・・・ そして、夏・・・・ 私は主人の事を待っていた。 また、いつか会える、その時を思いながら・・・ 会える事などあり得ないというのに、 私はずっと、待っていた・・・ (終わり)

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