メイドに捧げるお話

滅んだ直後の街は、燦々たる様子だった。 残された貴族は、ただ一人黙々と、廃墟を片付けていた。 家来も使用人も居なくなってしまった彼は、もはやただの人だった。 寂しさを紛らわしたいからか、 哀しさから逃れたいからか、 彼は自分以外で唯一残った少女に、教育を施した。 人としての生き方と、使用人としての仕え方を。 数年後、廃墟には人が集まり、 少女もそれと同じように成長した。 地主という事から街の長とされた貴族は、 街に、少女に与えた物と同じ名を付けた。 リーシア・・という名を。 第4章「楽しいお話」 「おはようございます。」 目を覚ました主人に対し、会釈をしながら言った。 「おはよう。」 それだけ言い、椅子に座る。 そうして、食事を始める。 いつもとそう変わらない様子で、無言で平らげ、そして部屋に戻っていく。 部屋では執筆しているのか、カリカリ・・という音が時折聞こえてきた。 あれ程の事の後だというのに、日差しは柔らかで、 この地方独特の涼しさを感じた。 ・・・平穏だった。 結局、あれは何だったのだろう。 夢か幻かの様に思える程、何事も無く普通の日々が続いた。 私と主人は、いつもとそう変わらぬ風に毎日を迎えていた。 生きる上で、街はそう要でもなかったのかも知れない。 森に行けば、果物がたくさんある。 野菜も、自生している物を少しずつ取って行けば、何とかなった。 最近は主人も元の調子に戻ったらしく、猟に出掛けることもあった。 私は、その度に主人に物持ちの良い干し肉やパンを渡し、無事を祈った。 平和で、安穏・・これが、幸せという物なのかもしれない。 それは、寂しさを紛らわすために2人で楽しげに振る舞い、 そう思い込んでいただけなのかもしれない。 それでも、楽しかった。 ある日、主人が私を部屋に呼んだ。 私が部屋に行くと主人は窓を見ながら、 「街が無くなっても、私は生きていけた。それは、一人ではなかったからだ。」 と言った。 窓の外には、綺麗に片付いた空き地があった。 端の方に可愛らしい花が咲いていた。 「お前のおかげで、私は二度も心を救われた・・・礼を言うよ。」 それだけ言うと、 返答の余地も与えないまま、私を抱きしめ、後ろ手で頭を撫でた。 小さい頃、こういう事があった気がした。 いつも失敗して、怒られてばかりだったけれど、 一度だけ、本当に上手くいって。 それがとても嬉しくて、誇らしくて・・・ 主人がとても優しい笑顔でほめてくれて・・・ 主人が、その時と全く変わる事が無いという事が、また嬉しかった。 私は幾年振りかに、涙を流した。 (続く

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