メイドに捧げるお話

リーシア・・・ この街に、とても豊かな貴族が暮らしていた。 彼らが統治しているはずのこの街は、 世界中で当然の理として成り立っていた支配制度からは考えられないほどに自由があり、 また、平静であった。 貴族は十数人の使用人と暮らしていた。 高給と言う訳でもなかったが、皆何を言うでもなく、 真面目に、幸せに働いていた。 その年の、夏になるまでは。 第二章「悲劇」 掃除をしていると、麓の方が何やら騒がしくなっていた。 何事かと思ったが、仕事の途中だったのですぐに忘れる事にした。 「・・・外が騒がしいな。」 主人がやってきて、そう呟いた。 私に話し掛けているのかもしれないが、仕事を中断してまで返す事に、主人は喜ぶだろうか? 私はそのまま聞くだけに留める事にした。 「街は猛暑・・・嫌な事が思い出させられるな・・」 嫌な事とは何だろう、気になった。 (・・・話さなければならない事なら、自ら仰られるはず。) そう自分に言い聞かせ、好奇心をかき消した。 この別荘に来てから、何故か私は少し変だった。 普段なら何とも思わないような事に、好奇心を抱いたり、気にかけてしまったり。 自分を騙すのに、何故だか僅かに憤りを感じていた。 ずぅん・・・ 地響きの様な音がした。 「・・・・・」 主人は、顔を青ざめ、また、何かを確かめるかのように窓の外を見た。 だが、窓からはどう頑張っても山林しか見えない。 ずぅん・・・ また。 「・・・少し、街に行って来る。お前はここに居なさい。」 そう言って、出掛ける用意を始めた。 「それから、今日中はここから絶対に外に出るな。何があってもだ。」 額に汗を浮かべ、私にいつもより数段強い口調で言い放った。 命令・・ そう感じた。 いつもの、話し掛けてくるような口調ではなかった。 街に、何があるのだろう。 「かしこまりました。」 付いて行きたくとも、それが主人の迷惑かもしれない。 結局、私にはこう言って見送るしかなかった。 「・・・・」 主人は、立ち尽くし呆然としていた。 街が、破壊されていた。 血が、骨が、断片が、様々な所に散らばっていた。 「来たのか・・」 私は、主人の命令を破ってしまった。 何故破ってしまったか、良く覚えていない。 目の前の、この光景があまりにも惨すぎて・・ 「あの猛暑の日もそうだった。」 私が聞くまでも無く、自ずから話して始めた。 あの夏、私は使用人の幾人かと別荘に来ていた。 夏になって幾日目かの昼下がりに、 何の前触れも無く、 ずぅん・・・ と、麓から音が聞こえてきた。 最初は地鳴りか何かかと思った。 だが、その後、用事で街に戻った使用人の一人が、青ざめて帰ってきた。 何事かと聞いてみても、何も言わない。 その使用人は、気が狂ったように私の腕を引き、 無理矢理馬の背中に乗せ、街まで連れた。 そして・・・ 今、私の目の前にあるのと、まるで何も違わぬ光景があった。 私は、原因となる物を見なかった。 どうしてそんな事になったのか、全く解らなかった。 いや、見なかった事が、幸いなのかもしれない。 解らない事が、救いだったのかもしれない。 ・・・そうしてその後、街に戻った使用人達は、 幼く、ロクに物も解らなかったお前を残して屋敷を出て行った。 「お前はまだ幼かったから覚えてないかもしれないがな。」 哀しげに屋敷を見やる。 屋敷は、何故か私が知っている頃のままだった。 「あの夏」が何時頃なのかはよくわからない。 でも、今の主人にそれを問うても、返してくれないと思った。 「だが・・・また、こんな事になるとはな・・・」 そう言って、笑う。 笑うしかない、と取るべきだろうか。 私は、主人にかけられる慰めの言葉も、出るべき嗚咽も、 涙すらも無く、主人を、そして廃墟を見ていた。 (続く

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