メイドに捧げるお話

ある日、ある時、ある場所で。 とても幸せなお話が一つと、 とても哀しいお話が一つ。 それぞれが、一人のメイドから生まれた。 本当にあったのか、それとも作り話なのか。 その話は子供から大人まで、 様々な世代の、様々な階級の、様々な、様々な・・ とにかく、色々な人に語られていった。 第一章「解れぬメイド」 私は、リーシアという街の、 とあるお屋敷に仕えているメイド。 温厚で、とても優しげな気候のこの街は、 私を初めて包み込んでくれた時からずっと・・・ ずっと、変わらずにあった。 夏。 とても暑い。 リーシアとしては、数年ぶりの猛暑だ。 私はこの日、主人に呼ばれ、 街から幾分か離れた山の中にある別荘に居た。 涼しく、避暑地としては最高だった。 「旦那様、お茶のご用意ができました。」 何時もの様に、 昼過ぎにお茶の用意をし、主人を呼ぶ。 この別荘に、いやお屋敷にも、だろうか、 今は、私と主人しか居なかった。 かつては数十という使用人が居たらしい。 それが、どうして私だけになってしまったのかは、良く知らない。 ただ、その頃の私はまだ子供だったし、 使用人というよりは養われていたと言った方が見合っていた。 「・・・涼しいな。」 「はい。」 主人は寡黙で、べらべらと話す事をあまり良しとしない人間だった。 私も、育ちの所為か、話すこと自体は得意ではなかった。 が、今日は違った。 主人は私に話し掛けてくる。 私も、気に障らない程度に返し、またお茶を飲む。 楽しかった。 きっと、街の人から見れば、 私達の会話はなんとも素っ気無い風に見えるだろう。 だが、仕方の無いことだった。 私は、幼い頃から使用人としての様々な事を教えられてきた。 だが、肝心の人との接し方は、誰からも教えてもらえなかった。 ・・・話し方が良くわからないと言ったら笑われるだろうか。 話したい事があっても、相手は主人のみ。 対等に話せる間柄ではなく、 常に気を使い、そして、端的に話す事だけが私にとっての会話であり、 意思表示だった。 「・・・そんなに気を使うな、どうせここには他に誰にも居ない。」 苦笑しながら、主人は言った。 さもつまらなそうに見えたのかもしれない。 無表情だから。 「しかし、無表情な中にも楽しんではくれているようだな。」 ・・・ばれていた。 でも、私は表情を隠すことに、消し去る事に慣れてしまっていた。 いや、逆にそれに逃げているだけかもしれない。 「・・・どうして、私の事がお解かりに?」 少し、気になった。 「なに、本当につまらないなら、返事も上の空になるだろうからな。」 声が、上ずっていたのかもしれない。 楽しかったから。 今までで、これだけ楽しいと感じた事はそうは無かった。 というより、まだ私の中にこんな感情が生きていたのかと驚いてすらいる。 「もう10余年・・隠そうと思わなければ、大抵の事は見通せる。」 主人はまた、独り言のように、ポツリ、と呟いた。 私には、主人の色々な事がわからないまま。 なのに、何故主人には、私を見通せるのだろう。 それだけ、私はわかりやすいのだろうか。 相変わらずさして表情も変わらぬまま考えこむ私が、そこにいた。 (続く

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