[PR]動画 文学館怪奇草子 〜向こう側〜

文学館怪奇草子 〜向こう側〜

 

僕は、小学生の頃から、大学に入るまで少林寺拳法という武道の教室に入っていました。

そして、毎年夏休みの頃になると、どこかの体育館のある宿泊施設に行き「合宿」と言って皆で泊りがけで、遊んだり、稽古をしたりする行事があり、それをとても楽しみにしていたのを覚えています。

今から皆さんにお話するのは、僕が、ちょうど中学2年の時に行った、その合宿で起きた話です。

 

その年は、最寄りの私鉄の駅に集合でそこから、電車で30分程の山間の町にある宿泊施設に行く事になっていました。

その宿泊施設は「T青年の家」と呼ばれていて、青少年の団体法人や、学校の部活の合宿などにのみ貸し出される宿泊施設でした。

僕らが駅に着くと、道院長(道場で一番偉い先生)が僕らを呼びました。

道院長が言うには、僕らは、中学生であり、小学生の子供達とも違うし、引率をなさる先生方とも立場が異なる為

子供達をまとめる班の班長にしたいと言う事でした。

僕らは、もちろん、それを引き受けました。

道院長の話では、班長と言っても、大して仕事も無く、せいぜいが、消灯時間後まで起きてる子供達が居ないか

見回りをする程度だと言われました。

僕らも、頼まれた手前、少し調子に乗って

「じゃぁ、僕らは消灯時間、免除でいいですよね?」

などと道院長にちゃかして聞きましたが、道院長も笑って了承して下さったのを記憶しています。

そうこうしているうちに、点呼も終わり予定通りの電車に乗り、出発しました。

電車の中ではたいした問題も無く、皆、一様に笑顔で、楽しい旅行になると予想していました。

 

―――そう。その時までは。

 

T青年の家に着き、僕らが割り当てられた部屋に荷物を置いていると、引率の先生の一人から

「すぐに練習だから、着替えて体育館に集合するように。」

と言われたので、僕らは道着に着替えて体育館へと急ぎました。

しかし、その時、何かおかしい事に、ふと、気がついたのですが、何がともなかったので

その時は深く考えずに、体育館へと行く事にしました。

 

体育館で一通りの練習をした頃には、夕方を過ぎていました。

その後、僕らは夕食を食べ、部屋で子供達と話をしていたのですが、表から、先生方の呼ぶ声がしたので

行ってみると、ちょうど、花火をする所だと言うので、子供達と一緒に花火で遊びました。

その後も、緑が多いせいか、夏でも涼しい部屋で遊んだり話したりしていたのですが

消灯時間となり、子供達にフトンを敷かせて、僕らは見回りに行く事にしました。

 

班長になったのは、僕を含めた、5人の中学生で、宿泊する部屋のある5階分をそれぞれが担当しようと

皆で決め、見回りに出ました。

 

子供達は、消灯時間をすぎていても、やはり起きていたいらしく、ほとんどの部屋に注意を入れたのですが

普段、面倒を見ているせいもあってか、子供達はよく僕のいう事を聞き、すぐに、部屋の灯りを消して

静かにベッドへと入っていきました。

 

30分くらい、かかったでしょうか?

僕の担当する階の見回りが終わったので僕は、他の見回りに行った人達の所でまだ終わって無い所を手伝おうと

下の階に下りました。

僕が下の4階に下りると、見回りの時に持った懐中電灯が、廊下の中ほどに見えたので、僕は、彼の所に

行きました。

僕が、自分の階が終わったので手伝うよと告げると、彼は

「じゃぁ、奥の部屋から、見てきてよ。」

と僕に言いました。

 

僕が、一番奥の部屋に注意をして部屋を出ると、すぐ隣の部屋には電気がついていませんでした。

僕は、何気なく、そこを通り過ぎようとしたのですが、すると突然、ドアの上に付いている天窓から

灯りが漏れてきました。

僕は、見回りをしている僕らをからかう為に子供達がイタズラをしているのだなと思い、足音を忍ばせて

ドアに近づき、急にドアを開けてやろうと思いました。

しかしなのです。

いくらやっても、ドアノブが回らないのです。

僕は、中の子供達が、カギをかけたのだと思い、廊下の反対側から来る、他の見回りの人を呼び

しばらくドアを叩いて、中の子供達に「早く寝ろよー。」などと呼びかけていました。

でも、中からは、物音どころか、秘めた声等も聞こえません。

不思議に思った僕らは、ドアノブに足をかけ、天窓から中を覗いてみました。

すると、中には誰も居なかったのです。

誰も居ないと、もう一人の見回りの人に伝えると彼は

「きっと、使ってない部屋か何かで、ブレーカーで電気を消してるんじゃないかな?

それが、たまたまブレーカーのスイッチが入って、電気がついたんだよ。」

と言っていたので、僕は

「そうだね。管理人室に教えに行こう。」

と答えました。

しかし、僕は、最初に部屋に着いた時に感じた「何かおかしい感じ」にふと、再びおそわれました。

 

『なんでココのベッドには、テーブルが付いてるんだろう? 普通のベッドにあんなの付いて無いよなぁ?』

 

そう。まるで病院のベッドの様に、ココのベッドにはテーブルが付いているのです。

僕は不思議に思い、もう一人に聞いてみたのですが、彼は、僕の言葉を聞いた途端、顔の血の気が失せ

「ココ、ヤベェよ。早く、部屋帰って寝ようぜ。」

と言いました。

僕も、少しイヤな感じだったので、乗っていたドアノブから飛び降り、彼の意見に従おうとしました。

 

ガチャリ。

 

僕が飛び降りると同時ぐらいでした。

ドアノブの辺りから、まるでカギが開いた様な音がしたのです。

僕らは顔を見合わせ、生唾を飲み込むと、うなづき合い、ドアノブに手をかけました。

二人でドアを恐る恐るあけて見ると、確かに、ドアは開きました。

カギも指していないのに、ドアが勝手に開いたのです。

怖がる彼に「待ってて」とだけ僕は言い、部屋に入ってみる事にしました。

しかし、彼も一緒に行くと言うので二人で部屋に入りました。

最初、そこには何もありませんでした。

ベッドも、他の部屋にあったのと同じでした。

壁も、普通のクリーム色の壁でした。

「何も無いね。」

自分を安心させる様に、お互いに言い合った僕らは部屋を出ようとしました。

そして、ドアの所で、彼が一度振り返ったのです。

それまで、僕とあるいていた彼が、いきなり、床にへたり込みました。

そして、壁を指差してただ、「あれ、あれ、」とだけ繰り返すので僕も振り向くと

そこには、何と、壁一面に、人の顔の様なシミがあり、それらのすべてが、動いていたのです!!

僕らは、全力で叫び、走って、先生方の居る部屋に向かいました。

先生方に一部始終を話すと、先生方は笑われ

「私たちは、もう、酒も飲んでしまっているし、明日、もう一度帰る前に明るい時に見てみなさい。

きっとレースのカーテンが揺れていたのがそう見えたのだろう。」

とおっしゃいました。

僕らは腑に落ちないながらも、その日は、ベッドでフトンに丸まって、寝ました。

 

次の日、僕らは、他の中学生の人にも前日の夜の事を話し、一緒に部屋を見に行きました。

すると、思っても見なかった現実がそこにはあったのです!!

 

部屋が、部屋が無いのです!!

僕ら二人は、前日確かに、4階の奥から2番目の部屋で、あの光景を見たのです。

しかし、そこには、ちょうど、一部屋分の長さ、壁があったのです。

411号室と413号室の間には、丸々、部屋一室分、壁だけがあったのです。

 

僕らは、改めて、イヤな気配を感じましたが、その日は、そのまま家に帰りました。

その後、図書館の郷土資料室で僕らはあのT青年の家を調べて見ました。

すると、やはりあそこは、元々病院だったのを、宿泊施設として改築した物で、改築の際

その病院で最も死者が出た部屋をモルタルで埋めた、と書いてありました。

僕は、2度とその施設を利用した事はありません。

 

しかし。

 

この施設は、実際に存在しているのです。

もちろん、今でも―――。