webmasterの自己紹介
名前
hary
年齢
一応まだ20代。(2001年11月現在)
趣味
いろいろありすぎて手がつけられない状態。
すべてにおいて中途半端って声も。
最近始めたのは、週末1km以上泳ぐこと。
資格
薬剤師。しかし調剤経験はバイト程度。
鍼灸も一応技術は学んだが、免許はなし。
現在某大学の医学生。
生い立ち

だらだら書いてたら

長くなっちゃったので
読みたい人だけみてね
2歳ではさみを使い、5歳でハンダごてをにぎる。

初めてパソコンをいじったのが、小4の時。
親父のFM-7 でBasicでいろいろプログラムを作るがたいしたものはつくってない。

小6年の時、夏の発明工夫展で全国大会まで上りつめるが、銅賞に終わる。
しかし、音センサーロボットの回路の解説を、小学生にもわかるように書いたノートが出品中に紛失。(-_-#)
ロボット本体より、ノートを評価してもらいたかったのだが、いつ紛失したのか不明のまま。

中1の時、親父が他界。
工業高校電子科の教諭だった親父が残した蔵書を読みあさる。
工学関係の書籍のなかに「東洋医学の哲学」 という本にであう。これが私の東洋医学との出会いだった。

その頃からマシン語をいじりはじめる。FM-7に乗っていた6809というCPUのアセンブラを解説書を見ながら16進数を打ち込み作る。それから1〜9とA〜Fだけの打ち込みは妙に早くなる(笑)。アセンブリ言語で簡単なプログラムを組んであそぶ。

「 ウィザードリー」というゲームにはまるが、floppy disk のデータを解析 して自在にキャラクターを作れるようになってしまって(経験値やらお金をほぼ無限にしたり、属性を変えたり)それ以来RPGはつまらなくてやらなくなる。

高校でバスケ部に入るが、放課後の練習で疲れた体で、15km程の帰り道を自転車で山を越えて帰るのがつらすぎてやめる。

そのころ、高校の近くで未来博という博覧会があって、部活が無く暇だったので通い詰める。
博覧会も終わりまた暇になった頃、吹奏楽部で「新品のTenor Sax」 が余ってるからやらない?って誘われ、そのまま吹奏楽にのめり込む。

X68000 でMPU68000を使いはじめる。当時スプライトって技術があって、ゲームでも作ってみるかと思うが吹奏楽の大会やら受験勉強やらで忙しくなりやめる。

高校3年の秋、吹奏楽部を引退した頃、自分も周りも「工学部」と疑わなかった進路を、一晩で「薬学部」へと変える事を決心。
将来進むべき道の方向が、この日決まった気がする。

大学受験の2日前インフルエンザでぶっ倒れる。受験の日の朝、大学で最初にしたのが「診察」だった。
高熱を坐剤で落とし、保健室でお茶を出してもらいながらの受験だったが、なんとか滑り込む。

大学で授業よりサークルでの漢方の勉強にのめり込む。
ほかには軽音楽部にも所属。
途中で医学部を志し、留年までするが挫折。
この頃から、毎年夏の双六小屋 の診療所へスタッフとして出かけるようになる。
4年の時、月に1回、上京して経絡治療( 接触鍼方 )を習う。

卒業後、国家試験を受け、なんとか薬剤師になる。
その後、大学院への誘いもあったが、やっぱり臨床がやりたくて鍼灸の専門学校に入学。

ネパールにて高山病で死ぬかと思う。

専門学校を中退して、予備校生になる。

翌年、現在の医学部に入学。

2年生の夏に電撃結婚(笑)する。
結婚を機にカメラにはまる。
双六小屋にwebmasterの作品が3点展示されてます。

2001年11月現在4年生。

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