赤い髪

・・・・夜。 いつもの様に、アルクェイドに会いに行った。 約束を守る、その為だけに・・ 「・・・・・?」 いつもなら数十分前に来ている筈の、白い姿が無い。 それから、気がついた。 気が、ついてしまった・・・ 足元に走る赤い線。 足元だけではない、 公園の、到る所に『ソレ』はあった。 「あら、兄さんじゃないですか・・」 ふと、声が聞こえた。 毎朝嫌と言う程に聞き慣れている、声。 「秋葉・・・?」 しかし、その声には感情が無い。 暗さに目が慣れて見える、 可愛い筈の妹の姿が、どこか・・・とても怖かった。 「何で此処に・・・?いや、それよりもアルクェイド、知らないか?」 「ああ、あの金髪の・・・」 そう言いながら、目つきが鋭くなっていった。 肩を震わせて、手を握り締めて。 「あの人なら、もうこの世には居ませんよ。」 ・・・・笑っていた。 本当に楽しそうな、 愉快でたまらないといった、笑顔。 「どういう事だよ・・?」 何か、とても嫌な予感がした。 「簡単ですよ。私が全て奪いました。そう、何もかもね・・・」 「・・・・・?」 今気がついた。 秋葉の髪の色は、赤い。 それは、染めたとかそういった事ではなくて、 血の様に、限りなく紅かった。 そんな事にすぐ気付かないほどに、秋葉の顔をじっと見ていた。 「兄さんがあんまり分からず屋だったから、つい・・・ね。」 ぺろっと舌を出し、無邪気に笑った。 「奪ったって・・・何を・・・?」 「だから、奪ったんですよ。 略奪の究極系が何なのか、兄さんならご存知でしょう?」 それだけ言うと、また笑う。 今日の秋葉は、なんと笑顔が多いのだろうか。 ただ、その笑顔は無邪気なだけに悪質で、 悪意が無いだけに恐怖だった。 秋葉の一言はただ、嫌な予感の的中をそのままに伝えただけだった。 まさか、 マサカ、 ま さ カ、 そんな筈はない。 信じられる訳が無い。 昼間ならまだしも、 夜・・・ 死の無い体の筈のアルクェイドが、 秋葉にコロサレタ・・・? 「結構、簡単でしたよ。何せ見て、思うだけで終わるんですから。」 簡単・・なのか・・・? どういった能力か、そんな物は知らない。 ただ、秋葉が  では無い事は、安易に解った。 「・・・化け物が・・・」 どうしてそんな言葉が出てきたのか解らない。 アルクェイドを奪ったモノへの憎しみだろうか。 それとも、 イキモノと呼ぶのも憚られる程の存在を消し去ったヤツへの、 畏怖というモノだろうか。 「酷い言い様ですね・・ちょっと傷つきました。」 始終、笑顔のままの秋葉。 何が楽しいのだろうか。 何が、可笑しくて笑顔なんだ・・・? 「兄さんがいけないんですよ。 何時まで経っても私の事を見てくれないで・・・ だから、特に罪は無いんですが、あの人には消滅してもらいました。」 まるで物の事を言ってるように、秋葉の言葉には感情が含まれていなかった。 「なんで・・殺した・・・・?」 怒り、悲しみ、憎しみ、愛おしさ、やるせなさ・・ 複雑に感情が混ざる。 どう対処すればいいのか解らなくなる。 「兄さんが、私の事を見てくれないからですよ。 何度『あの人とは付き合わないで』って言っても諦めてくれないし。 あの人、嫌いなんです。兄さんが、愛も、血も体も奪われそうで・・」 初めて感情的に言い放った。 「でも私は違う。 兄さんから血を吸ったり、魅了して奪ったりしない! だから、私だけを見て!!私は、今だって兄さんの事を・・」 さくっ 一瞬で、終わらせた。 一瞬で、壊した。 眼鏡を取って、点を突いた。 ・・・それだけの事だった。 「なんで・・・?」 秋葉が倒れながら、まるで解らないといった様子で言って、 ・・・それから動かなくなった。 断末魔というのは、こんなに静かなのだろうか。 「俺からアルクェイドを奪っておいて、『奪わない』は無いだろ・・」 それだけ言って、公園を後にした。 「あら、志貴さん、お帰りなさいませー」 ・・・外出した事はばればれだった。 琥珀さんが、笑顔で迎えてくれたのだ。 なんとなくホッとする様な笑顔。 先程の秋葉のソレとは全く違って、 二つも大切なモノを失った俺には、何故かその笑顔が嬉しかった。 「う・・」 気分が、悪い。 琥珀さんの赤い・・・髪。 秋葉の髪と、一緒に見えた。 「ごめん、俺、疲れてるからもう寝ます・・・」 「・・・大丈夫ですか?」 心配そうに顔を見る琥珀さん。 それを押しのけるように、部屋に戻った。 「うぅ・・・うぁ・・」 吐き気がする。 何でだろう、今になって後悔が来た。 そんな物は偽善だ。 そう解っていても、やはり割り切れないでいた。 人間なんてそんな物だ、とどこかへ放ってしまおうと思っても、 やはりその記憶が鮮明に思い出せてしまい・・ 「志貴さん、私です。ちょっといいですか?」 ふと、琥珀さんらしき声が聞こえた。 「あ・・はい、ちょっと待ってください。」 一瞬だけ、気が紛れた。 なんでだろう。 解らないが、ただ琥珀さんに傍に居て欲しかった。 ドアを開けると、銀色の皿を持った琥珀さんが立っていた。 「気分が優れない様だったので、お薬を処方したんですけど・・ どうですか?まだ良くないですか?」 「ああ・・貰います。すみません。迷惑を・・」 薬を受け取り、口に含む。 とても、苦い。 水を飲んで、一気に飲み下した。 「さて・・・志貴さん、お話をしましょうか。」 ・・・気分も何も無くなった。 目が、冴える・・・ ただ、頭はぼーっとしていて、 何も言えない・・ 何もできない・・ ただ、座っているだけな、 そんな、人形の気分を味わっていた。 「・・・秋葉様に会いましたね?」 何故・・知っているのだろう。 「そして、秋葉様を殺した・・ 全く、とんでもないお兄さんですねぇ。 まぁ、私には都合が良いんですが。」 都合が・・・イイ? 「私、あの場に居ましたからね・・・ というか、秋葉様は私が近くに居ないとまともに戦えないモノでして・・・」 あはは と、無邪気に笑った。 まるで、あの時の秋葉の様に。 「まぁ、そんな訳で知ってるんですよ。」 さも満足げな顔で言った。 「で・・・とても申し訳ないんですけど、志貴さんにも死んで頂きます。」 それだけ言って、気がついた。 いや、気付きたくなかっただけで、体はとっくに解っていた。 ―――動けない 手が、足が、口が・・・ 外観的に見える大凡の部分が、動けなくなっていた。 「ふふ・・・ まぁ、このまま放っておいても朝までには心肺機能が停止してしまうんですけど・・」 手元から、錠剤を取り出した。 それを自分で口に含み、そして、俺に口移しした。 「うっ・・むっ・・」 ―――拒否できない。 それはとても甘美で、 とろけるような味。 「今志貴さんに飲ませて差し上げた薬は、ある毒キノコの主成分でしてー・・ 飲むと、30分位で終わってしまう事になってます。」 満足げだった。 「別に、秋葉様を殺してしまったのはどうでも良いんですよ。 ただね・・ただ、志貴さんはちょっと疎過ぎるんですよ。 私がどういう子かも気付かないで・・・」 ・・・笑顔が、怖い。 「私の事、明るい、翡翠ちゃんみたいな子だと思ってたでしょ? でも、違うんですよね・・」 初めて、気がついた。 琥珀さんの目は、笑っていない。 笑顔なのに、目に感情が、無い・・・ 「私ね・・ずっと志貴さんの事が憎かったんですよ・・ 私は逃げられないのに、 どうして志貴さんは窓際の私に『一緒に遊ぼう』みたいな顔で見るのか・・ なんだか、嫌じゃないですか。 私には志貴さんと違って、自由なんて無かったのに・・ なのに、志貴さんは私に早く来いって・・・ ―――苦痛ですよ。すごく悔しかった。」 だから・・・俺を殺す・・・? 「でもね・・それは良いんです。 その事で、別に殺したい程憎んでる訳じゃないんですよ。 ただね・・・ただ、私の事を覚えてて欲しかったんです。 憎いっていうのは、好きの裏返しですから。 だから尚更、志貴さんが私と翡翠ちゃんとを間違えてたのが腹立たしかったんです。」 涙が落ちた。 一粒、二粒・・ だんだんと量が増えていって、途切れていたモノが川のように繋がって・・・ 悲しそう・・・だった。 「この手に・・かけてしまう位にね・・・」 それだけ言うと、目を瞑った。 瞬間。 合わせた様に意識が無くなる・・・ そこに、貧血の時のような苦しみは無くて・・ ただ何か、紅い物が一瞬、見えていた。 「うっ・・・うぅ・・・」 ・・・死んだ。 私の手で・・・コロシタ。 目の前で青白くなっていくのが解った。 触るとまだ、少しだけ体温が残っていた。 でも、手遅れ。 何度も迷って、 何度も悩んで、 結局、私は志貴さんを殺してしまった。 その為に、秋葉様を罠にはめたし、 アルクェイドさんには犠牲になってもらった。 それからどれ位経ったのか、 翡翠ちゃんが、来た。 カーテンから日差しが漏れる。 あぁ、もう朝なんだ・・・ 「・・・・!!姉さん!?」 翡翠ちゃんが叫ぶ。 顔が上がらなくて、私には、翡翠ちゃんの顔が見えなかった。 ただ、心配してくれてるんだろうなぁ・・位は解った。 優しい子だから。 ただ、ぼうっとしていて・・・ 目の前に転がる志貴さんを見て、ふと悲しいなぁ・・と思った。 そのまま・・・私の中の何もかもが止まった。 (終)

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