奇癖
1章・嫌
血・・・
血・・・
血・・血・・
血、血、血、血・・・・
・・・・ただ血に飢えていた。
欲しかった。
あの極限まで赤い、
全ての物を私の目から失わせるモノ。
芳しく、穢れのない娘の血。
私が欲して病まない、
人間として最も美しいモノ・・
特に動脈のあの色と言ったら・・・
・・・想像しただけでも身震いがする。
それは禁忌の味。
一度味わってしまえば、二度と後戻りの出来ない麻薬のような物。
それだけに、何十、何百年も眠っていたワインよりも遥かに、
その味は私の心を奪い去って・・・
いつからだろう、私がこんなモノになったのは。
いつから私は、こんなバケモノニナッテシマッタノダ・・・
「よいしょっ・・と」
街外れの屋敷の庭。
そこに、「彼女」は居た。
私が目を付けた獲物。
そして、私の唯一の理解者と言えるだろうか・・・
「あら、リートさん、おはようございます。」
掃除をしていたのだろうか、手には箒を持っていた。
「ああ、おはよう。」
私が挨拶を返した。
―――それだけでお終いなのか・・・
何か訳のわからない気分になりながら、私はすぐに別れていた。
彼女とは、特別仲が良いと言うほどではない。
彼女がこの屋敷に仕えているメイドで、
私が偶然その近くに住んでいるというだけだった。
だが、街の人間から嫌われている私にとっては、
私の事を「嫌っていない」人間というだけでも十分だった。
それだけ、孤独だった。
ききき・・・ききき・・・・ききぃーー!!
夜・・・・・
夜だ。
鳥ではなく蝙蝠が飛び交い、
街は先見えぬ闇に包まれ、
人ならぬ何かが私の中で目覚める。
末恐ろしい。
私は、人であったのに人で無くなっていた。
まるで満月の夜の人狼であるかのように、
自分であるはずなのに、その自分に恐れを抱いていた。
姿形等は変わりない。
声が変わった訳でも無い。
ただ、一つの衝動に駆られてしまい、
その衝動を満たすために、
人以外の力を行使してしまう。
そういったイキモノだった。
―――聞いた事があるだろうか。
話。
街中で広まっている、つまらない話だ。
ある年の事、街で若い娘が次々と行方不明になってしまうという事件が起きた。
最初は誘拐事件だと思われていた。
だが、行方不明者がどんどんと増えていく内に、
街の人間はおかしいと思い出した。
街の中心のとある屋敷・・・
少女達は皆、その周辺で行方不明になっていた。
とある夜。
人々は罠を仕掛けた。
おとりを使い、犯人を暴こうとしたのだ。
そして、その罠に犯人はかかった。
おとりは無残に食い散らかされていた。
・・・・犯人は、ヒトでは無かった。
理性を失い、欲望のみに生きる・・・
モノという言葉がぴたりと当てはまってしまうような、
そんな存在・・
それが、リートの父親だった。
父が犯した罪で、父は当然ながら、
母までもが殺されてしまった。
魔物と言われ、目の前で火をつけられた。
私も殺されそうになった。
いや、殺された。
殺されたが、私は生き返ってしまった。
何度殺されても生き返る。
皆は私を恐れ、次第に手にかける事すらしなくなった。
ただ、忌み嫌われているのだけは解っていた。
だから、人前に出る事無くただ・・
ただひっそりと、暮らして居たかった・・・
何故だろう、
何時の間にか、私は父と同じようになってしまった。
いや、父と違い、私は肉など欲していなかった。
僅かな血。
それだけが欲しかった。
それでも、私は既にヒトとは違っていた。
血を欲する人間など、その時点で人間ではない。
それは、モノであり、
また父がそう言われたように魔物だろう。
だから解ってしまった。
私はもう、孤独なのだ、と・・・
・・・・誰も居ない庭。
ここはあの屋敷だ。
そう、獲物を狩りに来た。
私は狡猾な狩猟者。
いや、欲望を満たすだけの動物だろうか。
そのまま、音も立てずに屋敷の中に入っていく・・・・
きぃ・・・
この部屋だろうか・・
いや、違う。
では隣の部屋か・・
ここも違う・・
では隣か・・
それとも、二階か・・・?
離れに住んでいるかもしれない。
色々と想像が頭を回っていた。
それらの全てが間違いであると解った時、
彼女は居た。
見回りなのだろうか、
手にはランプを持っていた。
「きゃ・・」
言わせる前に彼女を黙らせ、
反動的に屋敷から逃げ出してしまった。
―――殺した訳では無い、気絶させただけだ。
殺してしまえば良いモノを、私は生かしてしまった。
とんでもないミスだった。
なのに、何故か私はほっとしていた。
(続く)
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