ホムンクルス


主人公の名はテザウ。
名は無いが、その近辺では屈指の天才。
彼は、自分の寂しさを紛らわしたかった・・

幼い時に親と死に別れ、孤独。
傍には何時も仲の良かった娘『テーナ』が居たが、
心の底は何時までも癒されぬまま・・・

『他人には自分の傷はわからない』

自分が一番不幸な人間なんだと信じて疑わない彼は、
自ら他人の同情を嫌った。
同情は、他人の不幸を見て安堵しているという事――
誰も、信じずに居た。

だから彼は造った。

自分を決して裏切らない、
人と違った生命を・・・

――第1章「ホムンクルス」――

「やっとできた・・・」
腕が感動で震える。
苦心・・・
そうとしか思えない時間が嘘のように晴れていった。
完・・・成。
できた。
俺だけの、ホムンクルス・・
俺の為の、人工生命体・・・

ホムンクルスの目が、開いた。
生きている・・
生という物の起こりを目の当たりにし、
心臓は高鳴りを抑え切れない。
『彼女』を生む為に、
一体どれだけの数の失敗があっただろう。
だが、それに見合うだけの価値はあった。
孤独から脱する事が出来れば、
俺は普通のヒトのように生きられる。
愛に飢えて、馬鹿みたいに意固地になる必要なんて、
もう無くなる。
期待が、彼女に注がれていた。
誰よりも俺の事をわかってくれる、そんな存在・・・
それを、俺は捜し求めていた。
俺は彼女に、『テラ』と名づけた。

テラは、すくすくと成長していった。
知識が偏らない様に気を使って、
自分の娘であるかのように・・
いや、娘と思って大切に育てた。
ホムンクルスは、とても不安定な存在。
とても可憐で儚く、弱い。
だから、珠を抱く竜の様に傍を離れなかった。

スポンジの様だ。

ふと、そう思った。
テラは、日増しに成長していく。
初めは話す事も出来なかったのに、
たったの4日間で、
12、3の子供と変わり無い程の知識を持つまでになった。

『マスターの才が高ければそれだけ優秀になる』

生成法の載っていた書物には、そう記載されていた。
ホムンクルス生成技術は錬金術を用いた代物で、
古来よりその生成・育成は、
術者の技術、知識力を調べる為の『試験』とされていたらしい。
まぁ結局の所、
錬金術の本懐たる「無から金を生み出す」なんて事は、
どの様な錬金術師であろうとも出来はしなかったようだが。
だが、そんな事は俺には関係無い。
ホムンクルスであるテラが居てくれれば、
俺には他の事なんてどうでも良いのだ。
そう、テラがヒトでないのなら・・・

「こんにちはー」
研究所に、テーナが来た。
こんな人里から離れた場所、年頃の娘が来るものではない。
なのに、週に一度位の割合で来る。
だが、何時もすぐに口論になり、
すぐに帰ってしまう。
何の為に来ているのか、全く解らなかった。

「・・・また来たのか・・・暇人め。」
憎まれ口を叩くと、むっとした顔でテーナが反論・・・
しようとしたのだが、
目の前に見慣れない存在でも居たのか、
俺の方を睨むのも忘れ、そちらを見ていた。
視線の先には・・・テラ。
テラの方も、興味津々な感じでテーナを見ていた。
「・・・・テザウの子供?」
第一声がこれだった。
俺にとっての大切な娘・・
ではあるが、
テーナの言葉の意図は、それとは別の意味が含まれている気がする。
「違う。ホムンクルスだ。」
「ホムンクルス・・・?」
ああそうだった。
テーナは錬金術を知らない。
俺ほど、知識が豊富では無い。
だから、ホムンクルスなんていう言葉を言われても、
事象を裏付ける意味として解する事が出来ない。
「・・・・人工生命体・・とでも言っておくか。
人と植物との中間の生き物・・と取れば良い。
俺が造った。」
大切な娘だ・・
と付け加えた。
「ふーん・・・
私はてっきり、テザウが何処か他の女とつくったのかと思ったわ。」
まぁ、誤解されても仕方ないだろう。
ホムンクルスは、人間と外見の差が無い。
外見相応の歳の子供にしか見えないはずだ。
「ねぇねぇ、おねーさんはマスターとはどぉいう関係なのかなぁ?
もしかして、恋人?」
テラは、じっとしているのに飽きたのか、
それとも話が途切れるのを待っていたのか、
テーナの前にちょこんと座って、話し掛けていた。
「え・・・あ・・・
ううん、ちょっと違うかな・・
おねーさんはね、貴方のマスターのお友達なの。」
テーナは、テラに合わせたような口調で話す。
それがおかしくて、つい笑ってしまった。
「むっ、何よ、なんで笑うワケ?」
頬を膨らませて、拗ねた様に言う。
「いや何、別にどうと言う事も無く、面白かっただけだ。」
「何がおかしいのよ〜」
その日は、何時もとは違っていた。
テラが居ただけで、口論にならなかった。

ふんふ〜ん
鼻歌が聞こえる。
台所でテーナが料理を作っている。
ふんふふんふ〜ん
何が嬉しいのか、
弾んだ歌が先程からずっと聞こえる。
テラもテーナにべったりだ。
どうやら、気に入ったらしい。
まぁ、人の事を好きになるというのも、
環境を整える意味では大切だろう。
テーナは悪い奴ではない。
他人の癖に人の苦労や悲哀を同情しようとする人間は嫌いだが、
彼女は別に人の心の傷を広げようとしている訳では無い。
だから、人間嫌いと言われる位の俺でも、不思議と普通に話せた。
もちろん、全て素直に話せる様な程信頼してはいないが。
「はい、できたわよ〜
テーナ様&テラちゃん特製スープ〜」
・・・語尾に様をつけるのは、
テラに真似をされると困るのでやめとくよう言っておこう・・・
そう思いながら、出されたスープを口にした。
味気ない、何時も自分で作っているスープとは、
全然比べ物にならない程美味かった。

彼は知らない。
料理は、技術以外にも愛情が大切なのだ。
そう、愛情が・・・
それは人が生きる上で最も大切な物。
飢える程枯渇している彼には解らないだろうけれど、
人は生きている上で、最も愛情を欲している・・・

(続く)
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