主人の居る館(第5章)

朝・・・ 森からの新しい木漏れ日が館を照らし、一人の少女・・ いや、メイドが、掃除をしていた。 さっ、さっ、さっ・・・ 広い館は、掃除するだけでも、一人では大変そうだった。 さっ、さっ、さっ・・・ 大変なはずなのに、姫里の表情はどこか明るく、そして・・・ 綺麗だった。 ―――――――――――――――――――――――――――− 「あはは・・・やぁですねぇ、そんな事、書いちゃ・・」 恥ずかしがりながら、その「姫里」が頬に手を当てる。 もう、怒る気にもならない。 「あのなぁ・・・」 それでも、とりあえず、無駄とは思うが注意はする。 「勝手に、読むなよ・・」 しかし、なんだかんだ言ってこいつは人の作品読みに来やがるな、毎回。 「あはは・・いいじゃないですかぁ、私がモデルなんでしょ?」 はっきり言われても、少し困るのだが。 「名前を使わせてもらっただけだ、他意は無い。」 まぁたまたぁ・・ と、からかわれて、 それから少し、雑談をしたり文句等を言われたりしながら、 まったりと朝の涼しい時間を過ごした。 季節は秋。 とても穏やかで、 とても夢現な季節・・・ 「くそっ、まだついて来やがる・・・」 2人組が、森を走っていた。 額には冷や汗、少年の腕からは血を、それぞれ流して。 「なんなんだよっ、ナイフも銃も効かないなんてよっ!」 走り慣れているのか、ハイスピードにも関わらず、喋るまくる。 逆に、少女の方は、話す事は愚か、走る事すらも辛い様子だ。 ざっ・・ざっ・・ 背後から、木の枝を折りながら近づいてくるモノが居た。 巨大で・・ 強力で・・・ 貪欲な・・・・ 「姉さん、何か、聞こえませんか?」 庭の手入れをしながら、空が言う。 「うーん・・そういえば、何か、どーん・・って、変な音が・・」 ―――斎田さんに聞いてみよっと・・ 「ねえねえ、斎田さ〜ん。」 がちゃ 「のわっ、勝手に入ってくるなよっ!」 ―――ノックもせんで・・・まったく・・ 「あはは・・それよりも、なんだか森の方から、 変な音が聞こえるんですけど・・」 姫里が、窓の外を眺めながら言った。 「・・・・・猟でも始まったんじゃないか?」 ―――季節が季節だし・・ 「解禁日は、明後日からです・・」 見事に俺の予想は外れた。 「・・・とすると・・・ふーむ・・・」 どどーん 「・・・今の音か?」 外から、轟音が聞こえた。 姫里が入ってくるちょっと前まで音楽なんかを最大音量で聴いちゃってたりしたから気づかなかったが。 「は、はい〜・・」 少しおびえながら、姫里が答えた。 「・・・フォースカイザーかな・・・」 「・・なんですか?それは?」 呟きが聞こえたのか、姫里が聞き返してきた。 彼女が知ってるはずの無い、聞かれて当然の事だ。 「・・・簡単に言うとな、『魔物』って奴だよ。 この時期になると、飯を求めて、森中を徘徊する。」 まさしく、恐怖の存在だ。 まぁ、どこが恐怖なのかは俺にはわからないが。 「へぇ・・そんなのが居たんですか〜」 しきりに感心する姫里。 ―――ふっ、さぁ、俺を見直すんだっ 「でも、そんなのが居たんじゃ、食料とか補充できないですね・・」 ぐはっ、なんか切なっ・・・ 「・・飯に関しては、問題ない。 奴は可愛い女の子以外の人間にゃ犬程の興味も持たんからな。」 ―――全く、あのえろ悶にも、ほとほと参ったもんだ。 「はぁ・・それじゃあ、秋の間は、斎田さんが補充に行ってくるんですね?」 ―――ぐはっ、それは盲点だった・・ 「う・・うむ・・そうなるな・・」 「でも、思ったんですけどー」 姫里がなにやら考えながら言う。 「この館は、大丈夫なんですか? ここにいて、その、フォースなんとかっていうのに、襲われたりは・・」 にっこり、とできるだけ最上の笑顔で、安心させてやろう。 「う、うわっ・・ なんですかそのにまーっとしたえっちぃ笑みはっ(汗)」 ―――うわっ、ひでぇっ 「と、とにかくだな、奴は、 この館の周囲数100mにゃ近づけない。 だから安心して、洗濯やら庭掃除やらしてくれ。」 掃除や洗濯までサボられちゃかなわんからな・・ 「はーい、解りましたー」 どどーんっ!!! 「ぐっ・・・」 魔物の攻撃で砕け散った岩の破片が、少年の腕に突き刺さった。 少年だけならば、逃げられないことは無い。 だが、一緒に逃げていた少女は、もう限界だった。 「俺が、少しでも時間を稼ぐからよ、早く、どっかに逃げろっ!」 そう言って逃がした後、 ナイフを持ってかかった結果が、今の惨状だった。 少女は、もうどこまで逃げ切っただろうか・・ 「くそっ・・遠くまで・・行っててくれよ・・」 呟きながら、再び切りかかる。 「・・・・・・」 次の瞬間、魔物の腕にいくつかの傷ができ、 それと代償に、少年の体中に無数の傷とあざ、それから骨折ができた。 「ぐ・・はっ・・・」 そのまま木に叩き付けられ、気を失いかける。 気力をなんとかふりしぼり、また立ち上がり、向かっていく。 死を覚悟した、戦いだった。 「・・・・・・」 はぁ、はぁ・・と、息も荒げに、それでも、走っていた。 魔物に怯えているというよりも、はやく、少年の助けを呼ぶために。 「・・・・・」 どんなに苦しくても、少女は声をあげることができず、ただ息を荒げていた。 次の瞬間、目の前に、一昨日前に行った館が見えた。 美しい花と、緑、それに、鳥達。 当初は、目を奪われ、此処なら暮らしても良いかな、等と思ったが・・ 「・・・・・」 どんどんどんっ 今では、ドアを必死に叩き、住民に気づいて貰おうと必死だった。 がちゃ 「あれ?あなたは、確か・・」 姫里は、少し驚きながらも、 純常ならぬその剣幕に押され、彼女を館内に入れたのであった。 「・・・で、何か用なのか?」 必死にジェスチャーで訴える少女。 傷だらけで、汗だくで・・ 昨日の時とは遥かに様子が違った。 しかし、何を焦っているのか、身振り手振りが良くわからない。 「あの・・よろしければ、紙に書かれては・・・?」 流石空。気が利く。 「・・・・・・」 が、少女はペンを持ちはしても、書くことをしなかった。 「もしかして・・・字、書けないとか・・?」 こくん 「えぇぇぇぇぇっ!?」 姫里が動揺している。珍しい。というか、ポイント高いぞ。 「・・・・・・」 寂しそうな顔をしながら、少女は頭のサークレットを外した。 きぃぃぃぃぃん 高い音とともに、少女は若干の変化をきたしていた。 「あ・・あの・・それは・・・?」 少女の背中に生えた白い翼。 (あなたがたの思うとおり、私は普通の人間ではありません。) 心の中に、声が響いた。 とても、澄んだ綺麗な声。 内容からして、少女の声に違いなかった。 (でも、そんな事よりも、大変なんです。 早くしないと、私の大切な人が・・) 心の中で響く声からは、 哀しさと、辛さ、焦りが染みるように伝わってきた。 (大切な人が・・・死んじゃう・・・) それだけ言うと、少女は涙をぽろぽろ流しながら、 俺の袖を引っ張っていた。 (お願いです・・あの人を・・助けてください・・) 「・・・こんな可愛い子の願いを見捨てるのは、ただの外道だな。」 にや と笑って見せる。 ―――どう思われたって知らん、これが俺の笑顔だ。 「・・・場所はわかるか? ・・・姫里、銃とナイフ、それから、救急用具かなんか用意しろ。 お前もついてくるんだ。」 ぱぁ・・っと、明るい表情の少女。 姫里も、嫌からずについて来てくれるだろう。 そのまま、走って外に出る。 事は一刻を争うようだから・・ 「ぐはっ・・・ぐぅぅ・・・」 もう、限界か・・ これだけ時間稼げば、もう、逃げ切れたよな・・ どれ位の時間かはもうわからない。 かなりの時間、稼いだはずだ。 願わくば、幸せにな・・ 魔物の腕が、降り下ろされようとしていた。 「じゃあな・・名前位は、聞きたかったな・・」 目を瞑る。 走馬灯というのだろうか、色々と思い出せてきた。 盗賊団に居た頃、アジトでさらわれてきた少女と出会った時の事。 ただボスの慰み物にされる将来を不憫に思い、連れて逃げた時の事。 喋れず、字も書けないから、結局名前も解らないままだった事。 それでも、彼女が幸せに暮らしていけるように、 働き口といつまでも住める場所を探したり・・ 色々と、楽しかった・・ ばぁん 走馬灯は、銃声で途切れた。 魔物が、うなり声を上げながら、ちぎれた片腕を見やっていた。 「やれやれ、諦めの早ぇガキだな・・」 そう言って、にやけ顔の奴が皮肉たっぷりの挨拶をしてくれた。 傍には、少女が居た。 良かった・・無事だったのか・・ 安心すると、気がふっ・・と、無くなって行くのが解った。 「っとと・・大丈夫・・ですね〜、早く、手当てしないと・・」 すかさず姫里が抱きとめ、運び出す。 「さぁて・・・・この俺の客人に手を出すたぁ、 どういう見解だ?あぁ!?」 びくっ 背筋を凍らせて、びくん、と震える「フォースカイザー」。 「ふんっ、何がし(4)の帝王だよ、ギャグぢゃねーんだぞっ!」 「はぅ・・なんだか、斎田さん、怖いです・・」 ―――悪かったな。目つき悪くてさ・・ 「ぐ・・ぐぇぉぉ・・・」 明らかに恐れているのか、普段は出さないような声をあげる。 「とっとと失せなっ、じゃねーと・・食うぞ!!」 「ぎゃ、ぎゃひ〜」 奇妙な声をあげながら、魔物は逃げ去っていった。 「ふん、たわいの無い・・」 ちょっと優越感を感じながら、館へと戻っていった。 〜続く

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