待ち合わせ

・・・今日は、来ないかな・・・ 昨日は、来てくれた。 その前も、来てくれた。 でも、今日はきっと来れない。 お父様に散々叱られて、 私を連れ出すのも嫌になって、 だから、私と遊ぶのなんか嫌になって・・・ 「はっ・・・」 何時の間にか夢を見ていた。 出されていた課題をやっていて、 その途中に眠ってしまったのだろう。 情けない・・ だが、今はそんな事等どうでも良い位に辛かった。 夢・・ そう、夢だった。 夢でありながら、アレは事実私の過去で・・ そして、今の私の思いでもあった。 父は死に、親戚の方々は追い出した。 兄さんは帰ってきて、そしてまた、 私を置いて、どこかへ行ってしまった・・・ 結局、私には何も残らなかった。 遠野の血という物は、私から何もかも奪ってくれた。 そう、何もかも。 一度だけでなく、 二度も。 そして・・・ 今度こそ、兄さんは私のわからない何処かに行ってしまった・・・ 「秋葉様、朝ですよ〜」 琥珀がいつもと変わらぬ様で入ってきた。 「おは・・よう・・・・」 返事しようとしたのに、声が出ない。 意識が・・・消えていく・・・ 「秋葉様っ、大丈夫ですかっ!?」 私には、もう何も聞こえていなかった。 「姉さん、秋葉様のご様子は・・・」 声・・ 「ふぅ・・・どうやら、ただの風邪みたいですね〜」 声が・・・聞こえる・・ 冷たい布が、額に乗せられた。 「あ・・・」 声が、出てしまった。 冷たかったから、反応した・・ それだけ。 でも、それだけの事で、私は目を覚ました。 「秋葉様、大丈夫ですか?」 琥珀が、聞いてくる。 「ええ、ちょっと気が遠くなっただけ・・」 だから心配は要らない・・なんて言おうとしたのだけれど・・ 「秋葉様、『ちょっと』と申しますがもう昼の12時です。体調は決してよろしくないのではないかと・・・」 翡翠が言う。 確かに、そうかも知れない。 日々の疲れが溜まっているのか、それとも・・・ 「あ、翡翠ちゃん、ちょっと悪いけど秋葉様にミルク粥作ってきてくれない?」 突然、琥珀がそう言いだした。 「しかし、それは姉さんの仕事では・・第一、私は料理が・・」 翡翠も少し困ったような顔で言う。 もちろん、琥珀も翡翠は料理が駄目・・というのは知っているはずだ。 「私はちょ〜っと秋葉様とお話があるから、お願いね。」 そう言って、翡翠を部屋の外に出す。 ・・・・・・ 沈黙。 どうしようも無い程、時間はゆっくりと流れていく。 「琥珀?話しがあるんじゃないの?」 痺れを切らしたのは私の方だった。 「そうですね〜」 そう言いながら、相変わらずの笑顔で考えるようにする。 「率直に言いますが・・・秋葉様、志貴さんに会いたいですか?」 「・・・・っ!!!」 会えるものなら会っている。 何もかも・・・ それこそ、家も名もかなぐり捨ててでも会いに行っている。 それが無理だから・・ だから、私は・・・ 「うふふ・・・やっぱり、秋葉様も志貴さんの事、生きてるって信じてるんですね。」 悪戯っぽく笑う。 なんとなく、ムッと来た。 それは、からかわれている事に対してではなく、 何か・・周りは知っているのに、 私一人、知らないでいるように、 そんな風な事に対して。 「琥珀・・何が可笑しいの?」 何か、悔しいというか、嫉妬というか・・・ そんな訳の解らない感情が、私から冷静さを奪った。 「だって秋葉様、前に『死んだ人の事を思っても仕方ない』って、 言ってたじゃないですか? でも、今は生きてるって信じている。 これって、ちょっとした矛盾ですよね。」 崩す事無く笑い続ける。 「秋葉様、ご自分が眠っていらっしゃる間、なんて言っていたかご存知ですか?」 そんな物、解る訳が無い。 「『兄さん・・・』とか。とにかく、志貴さんの事を呼んでました。」 かぁっ 自分の顔が、赤くなっていくのが解った。 以前一度だけ、琥珀に寝言を聞かれた事があった。 その時も、琥珀は今と同じように笑っていた。 「・・・・・・・」 「あっ、でも、別に聞こうと思って聞いてた訳じゃないですよ、 秋葉様を寝かせて、体温を測ったりしている間に偶然、聞こえてきただけですから。」 そう、琥珀は悪くない。 だけど、どうしてだろう、それを聞かれたのがとても腹立たしかった。 どんな夢だったかなんて覚えていない。 でも、きっと、やはり兄さんを待っている夢だったのだろう。 「・・・・翡翠は、聞いたの?」 あの子にまで聞かれたら、どう見られるだろう。 そう思うと、気が気でなかった。 「いえ、翡翠ちゃんにはいつも通りにお掃除とかを担当してもらってましたから、 私しか聞いてません。」 ホッ・・と胸をなでおろす。 「・・それで、秋葉様、志貴さんとは会いたいんじゃないんですか?」 またからかうように笑いながら、聞いてくる。 「っ!!!!当たり前でしょう。 でも、兄さんは何処に居るのかすらわからない、 だから会えないんじゃないのよっ!!」 つい、全てを言ってしまった。 この数ヶ月間、ずっと抑えていた物が、吐き出されていく・・ 「あ・・あはは・・そうですよね。うん、それは解ってます。」 そう言って、紙を差し出してきた。 「秋葉様宛ですよ。」 ・・・どうやら、手紙だったらしい。 琥珀が先に読んだらしく、 端の方がくしゃくしゃになっていて、てっきりゴミなのかと思ってしまった。 「・・・・?」 渡された物を読む。 「・・・・・・・!!!」 それは   手紙だった。 そう、ただの手紙。 誰がどう見ても、 特別な工夫も無い、 それどころか手紙としての書き方も、 上手いとは言いがたいような、 そんな下手な内容の。 「明日戻る・・・」 それだけが、言葉に出ていた。 「はい。明日はパーティーですね♪」 嬉しそうに琥珀が言う。 私は・・・ 泣いて喜んだ。 琥珀がそうしたであろう様に、 手に必要以上の力が入って、紙がくしゃくしゃになっていく。 「秋葉様、このこと、翡翠ちゃんにも知らせて来ますね♪」 そういって、部屋を出て行った。 気を使ってくれたのだろう。 涙が流れるに任せた。 小さい時・・・ 私がずっと屋敷に閉じ込められているのを見て、 兄さんは私を連れ出してくれた。 何度もお父様に怒られて、 その度にもう兄さんとは遊べないと思って・・・ だけど、兄さんは・・・ 今度も私の事を、連れ出してくれた。 (終)

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